まるたや物語:あげ潮編

  • チーズケーキのまるたや洋菓子店です。
    創業60年、皆様に愛され続けているこの味をご賞味下さい。

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まるたや物語

まるたや洋菓子店の商品に込められた想いやまつわる出来事を物語として皆様にお届けしていきます。

「チーズケーキ」編

まるたやの「チーズケーキ」は、創業者 秋田一雄の妻、秋田公子(こうこ)の従姉妹が教えてくれたレシピがはじめの一歩でした。

まるたやのチーズケーキ

秋田公子の叔父、田畑政治氏は、東京オリンピックを招致するのに一肌脱いだ人物でした。
田畑政治氏は、ふじやまのとびうおで知られる古橋広之進氏の援助者でもありました。
その田畑政治氏の娘、田畑あつ子氏は、当時アメリカにホームステイをしていました。
ホームステイ先のお母さんが、オランダ人であったため、そこでオランダのチーズケーキを学びました。

東京に住んでいた田畑家は、浜松に頻繁に訪れて、秋田家との交流がさかんでありました。当然、まるたやの工房へも田畑あつ子氏は気軽に遊びに来ていたそうです。
東京オリンピックの際、留学をしていて英語が堪能であった田畑あつ子氏は、コンパニオンをしてほしい、と日本へ呼び戻されていました。
帰国した田畑あつ子氏が、ホームステイ先で学んだチーズケーキのレシピをシェフである秋田純平に伝えたのが「まるたやのチーズケーキ」の始まりです。

当時の写真

オランダ式のチーズケーキのレシピを田畑あつ子氏から学んだ秋田純平は、そのレシピに「チーズケーキの台として、クッキー生地を砕いたものを使用する」とあり、まるたや自慢の「あげ潮」の生地を利用して試作しました。

出来上がってみれば、濃厚なクリームチーズの層と、爽やかな酸味のサワークリームの層と、「あげ潮」を使ったクッキー生地は、ぴったりとマッチし、現在もほぼそのままの製法で「まるたやのチーズケーキ」は作られています。(クッキー生地に使用しているあげ潮は特別配合の物です)

当時の作業風景
「まるたやのチーズケーキ」は、その1964年東京オリンピックの開催年に発売。
その後訪れる、1970年代の第一次チーズケーキブームにもまるたやの「チーズボックス」は大きく注目されることはありませんでしたが、カットされた「チーズケーキ」は好評を得て、まるたやの看板商品となりました。
まるたやのチーズケーキをお気に召したお客様が、「チーズボックス」を贈り物に使いたい、できれば宅配便で遠方へ送ってほしい、という要望が徐々に増えてまいりました。

こうして、生の状態での配送が始まりました。
ところが、サワークリームの層が配送時の揺れ
などにより箱を汚してしまったり、崩れてしまっ
たり、とお客様に残念な思いをさせてしまう事故
が多くありました。
なんとか崩れる心配もなく、日持ちもする「冷凍」
で自慢の「チーズボックス」をお届けできないだ
ろうか、と試行錯誤したのは、創業者 秋田一雄
の娘、二代目で現社長の望月まさ子とその当時
の製造部長です。
はじめのうちは、どうしても解凍時に離水してし
まい、なかなかお客様に自信を持ってお届けで
きる「冷凍チーズボックス」はできませんでした。
研究を重ねた結果、ようやく独自のフリージング製法に成功し、作りたてをショック冷凍して、遠方のお客様にも安心してお届けできるチーズボックスが出来上がりました。
通信販売大手の千趣会(ベルメゾン)様に取り上げていただき、「チーズケーキの会」の1品として全国のチーズケーキ好きの方のもとへお届けできました。
自社でもオンラインショップでの販売を開始し、徐々に「まるたやのチーズケーキ」は、北は北海道から南は沖縄まで、文字通り日本全国の皆様に愛される味に育てていただきました。

「まるたやのチーズケーキ」が全国的に知られるようになったのは、2006年9月16日付、日経新聞「NIKKEIプラス1」紙面上にて、「おすすめの取り寄せチーズケーキ」で第一位に選ばれたのが大きなきっかけです。

チーズケーキ(ホール)、チーズボックス

今でこそ、チーズとケーキはきっても切れない関係で、ケーキ好きの方なら、お店ごとに違うチーズケーキの味やベイクド、レアなどその種類に詳しい方も多くいらっしゃると思います。
しかし、チーズでさえも、家庭には珍しい素材であった東京オリンピック(昭和39年)のころ、ケーキと結びつけて「チーズケーキ」として販売しようとした秋田一雄は、本当に新しいもの好き、珍しいもの好きであったといえるでしょう。