まるたや物語:あげ潮編

  • チーズケーキのまるたや洋菓子店です。
    創業60年、皆様に愛され続けているこの味をご賞味下さい。

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まるたや物語

まるたや洋菓子店の商品に込められた想いやまつわる出来事を物語として皆様にお届けしていきます。

「あげ潮」編

「まるたや」と言えば「チーズケーキ」と「あげ潮」が看板商品でして、いずれも引けを取らぬ人気をいただいておりますが、歴史は「あげ潮」のほうが古く、チーズケーキのクッキー生地には、あげ潮を特別配合した生地を使用しています。

焼き菓子 あげ潮

まるたや創業者 秋田一雄は、一番上に
長女、下に三人の弟のある5人兄弟の
長男として地元、浜松に生まれました。
秋田一雄は、サラリーマンを経て、
独立自営しようと思い立ったとき、「衣」
「食」「住」のいずれかにかかわる商売を
しよう、と考えました。
秋田は、大のインテリア好きだったため、
「住」の方向も考えていましたが、母が
銀座三越で買ってきたシュークリームを食べたとき、あまりの美味しさに感動し、「浜松の人にもこういうものを食べて欲しい、そして浜松の食文化の向上を目指したい」と洋菓子屋をすることに決めました。
当時、浜松には洋菓子を扱っているお店はほとんどありませんでした。

秋田一雄は、一番下の弟 純平に、海外旅行でさえ珍しい、1ドル360円の時代にヨーロッパへ洋菓子の修行に出るよう託しました。
秋田一雄は、営業・販売を担当し、ヨーロッパに修行に出た弟の純平が製造を担当していました。秋田純平は、味覚に鋭く、シェフとして向いていたのかもしれません。

集合写真
まるたや 当時の写真

もともと、秋田家は、「」という質屋を営んでいました。秋田の「田」と、「終わりのない」○を用いてつけた名前です。その店の名前をとって「まるたや洋菓子店」としました。

創業当時(昭和24年ごろ)、秋田一雄は、アメ横(東京都台東区)の闇市で、アメリカ進駐軍が売っていたケロッグのコーンフレークを買ってきました。めずらしいもの好きの秋田一雄は「これでなにかお菓子を作れないかな」と純平に相談。二人の試行錯誤の結果、レーズンとくるみ、オレンジピールを入れた生地に、コーンフレークをまぶしつけて焼いたクッキーができました。こうして誕生したのが「あげ潮」です。
実は、「あげ潮」という名前がついたのは、1960年(昭和35年)ごろ。それまでは、簡単に袋詰めして自家製「クッキー」として売っていました。

あげ潮は、名前に「あげ」と「潮(しお)」が入っていることから「揚げ(フライ)ているのですか」「塩味がしますか」というお問い合わせをいただきますが、製造工程にフライ工程はありませんし、塩も材料として使用しておりません。(原材料の一部に食塩を含んだ物を使用しておりますが、当社で食塩の添加は行っておりません)

あげ潮の名前は、浜名湖、遠州灘にちなみ、「満ち潮」と同義の「あげ潮」と名づけました。浜名湖に潮が満ちてくるように、皆様のもとへ幸運が打ち寄せ、運気が上昇しますように、という願いが込められています。